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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)290号 判決 1967年3月30日

第一審原告(第二〇九号事件控訴人・第二四九号事件被控訴人) 福田和三

第一審被告(第二四九号事件控訴人・第二九〇号事件被控訴人) 国

訴訟代理人 上田明信 外二名

主文

第一審原告の本件控訴を棄却する。

原判決中、第一審被告敗訴の部分を取消す。

第一審原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告の負担とする。

事実

第一審原告代理人は、昭和三十三年(ネ)年二九〇号事件の控訴の趣旨として、「原判決中第一審原告敗訴の部分を取消す。第一審被告は第一審原告に対し、原判決認容の金員のほかさらに、金九十八万五千七十五円およびこれに対する昭和二十二年二月一日からその支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」

との判決並びに仮執行の宣言を求め、第一審被告の昭和三十三年(ネ)第二四九号事件の控訴に対し控訴棄却の判決を求めた。

また第一審被告の指定代理人は、昭和三十三年(ネ)第二四九号事件の控訴の趣旨として主文第二ないし第四項と同旨の判決を求め、第一審原告の昭和三十三年(ネ)第二九〇号事件の控訴に対し、主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、以下に附加するほか、すべて原判決の事実欄に記載してあるところと同一であるから、ここにこれを引用する。

第一、第一審原告代理人の陳述

一、本件と在外公館等借入金の返済に関する諸法律との関係

終戦後東亜各地百五十五箇所で行われた総数十三万五千件に達する在外公館等の借入金は、その借入れの時と場所の異なるに従い、借入れの主体および態様は千差万別であつて、一概に、その法律関係を律することはできず、そのうちには政府の責任に属しないものも法律的責任の疑わしいものもあり得よう。こういつた千態万様の案件を一々具体的に司法的に審査処理することは容易なことではない。そこで政府が政治的見地より本来政府の債務とはいえない分までも含めて、終戦後の引揚げについて出捐されたものを行政手続により補償する趣旨のもとに制定したのが、いわゆる「在外公館等借入金三法」である。それゆえ右三法は本来法律上返済義務のある国の借入金債務について提起された民事訴訟を拘束するものではなく、国に対する実体的請求権を増減変更するものではない。このことは右三法制定当時国会においてなされた政府委員の説明によつて明らかである。

飜つて本件債務は乙第四号証の訓電による授権に基づき、青島総領事喜多長雄が総領事館員の生活費、俸給、山東地区在留連合国人を旧居住家屋に復帰させるための費用などを支弁するために借入れた純然たる国の金銭消費貸借上の債務であることは、第一審原告が原審以来主張して来たとおりであり、国との間に成立した私法上の貸借である以上、第一審原告が第一審被告国に対して有する請求権は前記三法により何ら変更を受けるものではない。従つて本件につき右三法の適用があることを前提とする第一審被告国の主張はすべて失当である。第一審原告が従来主張して来た右三法の違憲論は、右三法が仮りに本件について適用があるとすればという仮定に立つものである。

二、訓電と借入れの授権について、

乙第四号証の訓電には、「(前略)結局大部分ハ国庫ニ於テ負担スル外ナキニ至ルベシ。然処之ニ対スル予算ノ計上困難ナルノミナラズ送金亦不能ノ状況ナルヲ以テ差シ当リ各現地ニ於テ便宜凡有ル方法ニ依リ支弁シ置カレ度シ」とあり、そのいうところの予算計上の困難とは、内外の交通通信が杜絶し、その経費の見積り等の計上が困難であるとの意味であつて、帝国議会(議会)の協賛困難の意味ではないのである。右訓電の前段において、「結局大部分ハ国庫ニ於テ負担スル外ナキ」ことを言明しているにかかわらず、それに続く文章で、予算措置は窮極においてとり得ない旨、これと反対のことを述べる筈があり得ないから、右訓電の趣旨は、今差当り予算措置をとり得ないけれども、結局において適法な手続をとつて支出するとの意味であり、「後日之ヲ整理スル」とは、在外公館等で便宜支弁しておいたものを後日適法に整理(即ち、つじつまを合わせ、手続上適当の措置を講ずる)して支弁するとの意味であつて、決して「打ち切る」意味ではなく、完全に支払うよう取り計らう意味である。さればこそ後段において、「其ノ使途、金額、明細出来得ル限リノ証憑書類等ヲ整備シ、保存シ置カレ度シ」と結んで後日の完済にそなえしめたのである。始めから「打ち切る」覚悟で外務省が訓電し、総領事がその趣旨を体して「打ち切る」覚悟で借り入れたとみるときは、外務大臣が在外公館長に対して詐欺を命令した結果となる。外務大臣の訓電は、まさに在外公館長に対する借入権限の授与と解すべきであり、第一審原告は右訓電による借入権限の授与の表示に基づいて金員を貸与したものである。要するに訓電はあらゆる事項について総領事の裁量を期待し、民間からの借入れをも許したものであり、大蔵省当局と協議の結果発せられ、総領事らに、腹をきめて徒らにあわてることなく、現地で執行しうる一切の処置をとつて引揚げを完遂させるつもりで発信したものであるから、在外公館長に対する必要経費借入の授権を表示したものというべきである。

三、本件貸借と旧憲法第六十二条第三項との関係について、

(一)  旧憲法第六十二条第三項は、「国債ヲ起シ予算ニ定メタルモノヲ除ク外国庫ノ負担トナルベキ契約ヲ為スハ帝国議会ノ協賛ヲ経ヘシ」と規定するにかかわらず、本件借入契約については議会の協賛を経ていないから無効ではないかとの疑問が起る。然しながら、旧憲法の右条項は、議会と政府の対内関係に関するものであるから、取引の安全の原則が適用される私法上の契約の相手方との関係にまで立ち入つてその効力を規制するものではない。議会の協賛を経なかつたことは単に政府の政治責任を生ずるに止まり、その契約の効力に何らの影響を及ぼすものではない。しかのみならず、議会の協賛は常に絶対の条件ではないのである。旧憲法第六十九条は「避クヘカラサル予算の不足ヲ補フ為ニ又ハ予算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツル為ニ予備費ヲ設クヘシ」と定めているから、議会の協賛をまたずに予備費から支出し得るし、また同法第七十条により、緊急の需用ある場合において内外の情形により政府は議会を召集することができないときは勅令により財政上必要の処分をなすことを得たのである。本件貸借の時および場所は、終戦の顛沛時における敵国であり、総領事館員はまさに飢餓に瀕し、連合国人からは急遽解放復帰を迫られ、総領事館は絶対絶命の窮地に追込まれており、その危急を救うために第一審原告は最後の所持金を青島総領事に貸与したものであつて、貸与する側の第一審原告ら民間人としては、かかる政府内部の手続上の措置が如何になされたかを知る由もなく、否むしろその手続上万全の措置がとられるべきことを信じて政府に全幅の信頼を置き、返済の確実なことを寸毫も疑わないで本件金員を貸与したものである。

(二)  されば仮りに前記訓電による外務大臣の授権行為が議会の協賛を経ない権限外の行為であつたとしても、第一審原告は右訓電により在外公館長(青島総領事)にその代理権があると信じてこれに金員を貸与したものであつて、そのように信ずるについて過失がなく、従つて民法第百十条所定の権限ありと信ずべき正当の理由があつたものであるから、かかる訓電により第一審原告をしてかく信ぜしめた第一審被告国は青島総領事のなした本件借入れにつきその責に任じなければならない。

四、在外公館等借入金の返済の実施に関する法律(以下単に実施法と略称する。)第四条別表の換算率について、

(一)  第一審被告国は、実施法第四条別表は昭和二十年一月ないし四月頃の北京と東京との間における米価の比較により、中国連合準備銀行券(連銀券)の日本円に対する換算率を定めた旨主張するが、仮りにその換算率を米価の比較によるべきものとすれば、それは昭和二十一年二、三月頃の米価と前記実施法の施行期即ち借入金返済の時期たる昭和二十七年三月三十一日当時の米価との比較によるべきである。何となれば、連銀券もまた一の外貨であるから、民法第四百三条により、「外国ノ通貨ヲ以テ債権額ヲ指定シタルトキハ債務者ハ履行地ニ於ケル為替相場ニ依リ日本ノ通貨ヲ以テ弁済ス」べきであり、その為替相場は現実に履行を為す時の相場を指すものと解すべく、債権者としては現実に弁済を受ける時点において、先きに貸与した外国の通貨をその時の相場によつて計算したこれと等価のものを得て初めて債権の満足を得たと言いうるからである。それゆえ為替相場に代わるものとして米価を比較の基準にとるとすれば、現実に履行される弁済期たる昭和二十七年三月三十一日当時における東京の米価と昭和二十一年二、三月当時における現地の米価とを比較しなければ債権者の利益が正当に保護されたとは言い得ない。されば実施法第四条別表の換算率の定めは債権法の原則規定たる民法第四百三条の規定に違反するとともに、財産権の不可侵を保障する憲法第二十九条第一項の規定に牴触し、国民の財産権を不当に侵害する違憲立法である。

(二)  昭和二十九年五月十五日公布施行の法律第百五号ないし第百七号をもつて改正された後のいわゆる金融三法即ち、金融機関再建整備法、閉鎖機関令および旧日本占領地域に本店を有する会社の本邦内に在る財産の整理に関する政令は、金融機関が外地において受け入れた内地向け送金為替および預貯金に関し、従来これらの債務が金融機関の在外債務として、金融機関再建整備法その他の法律によりその支払が差止められていたのを、金融機関の再建整備が進捗するに従い、かつは引揚者保護のねらいもあつて、他の在外債務の処理とは切り離してその支払を開始せしめることを適当として立案制定されたものである。そしてこれら金融三法の各別表に定められている外貨の日本円に対する換算率は、送金為替と預貯金との間に区別があり、異なつた換算率が適用されている。詳言すれば、未払送金為替の支払の場合の換算率は連銀券三十三万円以下のときは連銀券十一円をもつて日本円一円とし、連銀券三十三万円を超え七十五万円以下のときは連銀券二十一円をもつて日本円一円とし、連銀券七十五万円を超えるときは連銀券五十一円をもつて日本円一円として換算することと定められているが、預貯金の支払に関しては、在外公館等借入金の返済の場合における換算率と同じで連銀券百円をもつて日本円一円として換算すべき旨規定されているのである。このように送金為替の支払と預貯金の支払とでその換算率を異にした所以は、これら金融三法の改正に当り、昭和二十九年二月二十二日付で在外財産問題調査委員会会長からの内閣総理大臣に提出された答申書(甲第六号証)の意見を採用したからである。即ち右答申書によれば、送金為替の場合は、日本内地において本邦通貨をもつて支払う約束のもとに在外店舗が取組んだものであること、しかもその多くは終戦時に現地の公館等が在留邦人に対し、引揚後の生活資金にあてしめる趣旨で、政府と打合せの上、取組みを勧奨した事実があるのに反し、預貯金の場合は、本来在外店舗が現地において現地通貨をもつて支払うことを本則として預入れを受けたものであるとともに、預け入れにかかる当該現地通貨が現在既に法的流通に置かれていないことに鑑み、これが換算率については在外公館等借入金の例に準じて定めるのもやむを得ないとの趣旨によるものであることは明らかである。しかし本件借入金は内地に引揚後直ちに日本円をもつて内地で返済する約束であるから、あたかも金融三法の一部改正による別表にいわゆる未払送金為替債務とその性質を殆んど等しくするものといえる。第一審原告は原審以来貸与の連銀券と同額の日本円を支払う黙示の契約ありと主張するものであるから、事柄の性質上むしろ改正金融三法における連銀券の送金為替に関する換算率に準拠することが妥当であるとまでいうのではないが、少くとも前記実施法第四条に定める換算率が本件の如き貸借債務弁済のための換算率として適切でないことの一端を側面から公的に証明するものとして、ここに引用するものである。

(三)  第一審被告国において、実施法第四条所定の換算率が昭和二十一年一月ないし四月頃における北京と東京との米価の比較により定めたものである旨を主張することは前記のとおりである。しかし本件借入金債務の発生地は青島であるから、これと地域を異にする北京の米価はそもそも比較の対象にならない。また北京の闇米価が基準とされているが、元来闇物価はまちまちであるから、その性質上基準とするのに適当ではない。また北京の闇米価は当時北京在勤の日本大使館員梅北末初の提供にかかる資料によるのであるが、これは公的な権威ある統計とはいえない。而して当時の日本大使館員は本件の如き借入金により生活していたものであるから、右資料は結局債務者自身の私的資料ともいうべきものであつて、これにより債務額の算定をすることは債務者一方のみの算定に一任したのと同一の結果となるから、第一審被告国の主張する北京の米価をもつて妥当な基準とは言い得ない。すなわち、前記梅北末初提供の資料は不合理、不公正かつ不確実であつて、これを本件借入金の換算率の基準とするのは誤りである。

五、第一審被告主張(第二の五)の本件借入金の返済手続に関する事実関係については争わない。

第二、第一審被告の指定代理人の陳述

一、第一審被告国の主たる主張の要旨

(一)  青島総領事は昭和二十年十二月二十六日第一審原告から連銀券百万円を借入れたが、その弁済については、双方の内地帰還後政府が正規の手続をとつて定めるところに従い国庫金をもつて支払う趣旨の約束であつた。

青島では終戦後日本内地との連絡が途絶えた結果、日本円と連銀券との価値の比較を正確にすることは不可能な状態であつたが、米ドルを通じての闇相場からみて、連銀券の価値が日本円のそれよりも非常に下落していたことは一般に知られていたことであり、もともと連銀券は日本が操作して発行せしめていたので、終戦後どんな運命をたどるかについては、青島では全く見透しを立てることができなかつた。従つて青島総領事に対して連銀券を貸与した者ないし貸与しようとした者も、その殆んどが返済の比率について判然とした見解をいだくものはなかつたというのが当時の実情である。このような異常事態のもとで、総領事が借入れる連銀券について、内地に帰還したら直ちに、もしくはすみやかに、政府の決定いかんを問わず、同額の日本円で返済することを約束する筈がないし、またできるわけもない。青島総領事としては、当時在留邦人の引揚費用について外務大臣から各在外公館あてに発せられていた昭和二十年九月七日付訓電(乙第四号証)の趣旨からして、その借入金については後日政府が正規の手続をとつて適切な返済方法を講じてくれることを期待し、後日政府の定めるところによつて返済するという程度のことしか約束できなかつたのである。

(二)  もし、青島総領事が第一審原告から本件連銀券百万円を借入れた際、その返済方法につき、第一審原告の主張するように、政府の決定いかんにかかわらず、同額の日本円百万円を支払う約束をしたものとすれば、同総領事にはそのような借入権限はなく、かような貸借は違法であり、無効であるといわねばならない。

(三)  在外公館等借入金三法は、おおむね右のような性質の借入金債務について、政府がその政治的、道義的責任に基づき、できるだけ適切、妥当な返済の途を講ずるように努力して国会の議決を経て定められたものであり、ここに定められた弁済方法は、この種の債務の性質に照らして極めて適切、妥当なものであつて、これが不当、違憲とされるべきいわれは全くない。

(四)  以上の主張が認められず、仮りにもしも本件貸借によつて完全に適法、有効な確定債務が成立し、在外公館等借入金三法の定めをまつことなく、必ず約束の一定の時期に一定の金額を支払わねばならない義務-法律をもつてしてもこれを制限し得ない性質の債務-を国が負担したものとするならば、そのような借入金債務は在外公館等借入金三法の対象とするところでないことは第一審原告の指摘するとおりであるが、しかしその場合においては、外国為替管理法令等の定める制限により、第一審被告国にはかかる債務の支払義務がないこと、仮りにそうでないとしても、第一審原告主張のような連銀券と同額の日本円百万円を支払う義務がないことを主張する。

(五)  なお、乙第四号証の訓電以外に、特に抑留外人解放等に必要な資金について本国政府から青島総領事にあてて訓電が発せられたことはないようであるが、的確なことは現在不明である。しかしいずれにしても、抑留外人解放の仕事は昭和二十年九月中に殆んど終了したため、本件借入れの行われた同年十二月二十六日頃まで右抑留外人解放に関する費用の調達を必要としたとのことは実際上殆どあり得ないのである。

二、訓電と借入れの権限について、

乙第四号証の訓電の趣旨については、第一審原告主張のとおり始めから打ち切りの覚悟でしたわけでもなかろうが、そうかといつてまた必ずしも全額を完済すると確言したものでもない。それはあくまでも未曾有の非常事態のもとにおいて、この種の引揚経費については、政府も法律上正規の手続をとりえない実情を示すとともに、結局この種の経費の大部分については将来国庫の負担とするほかはないであろうとの予想のもとに、後日正規の手続を経て適当な措置をする(整理する。)との決意を示したものである。右の趣旨は、訓電の文言自体からみても、「結局大部分ハ国庫ニ於テ負担スル外ナキニ至ルベシ。」といつて、将来の予想を示すに止まり、国庫において全額を負担するとは確言していないこと、「便宜凡有ル方法ニ依リ支弁シ置カレ度シ。」といつて、民間よりの借入れ支弁をも容認する趣旨をあらわしてはいるが、通常の確定債務として借入れてよいとまではいつていないこと、「後日之ヲ整理スルコトト致スベキニ付」といつて、帰国したら直ちに弁済するというのではないことを示しているのに照らしておのづから明らかである。而して本件貸借にあたり、青島総領事は、前記訓電の趣旨を第一審原告に伝え、右訓電の趣旨に従つて弁済期や弁済額について何ら確定的な約束をせず、内地に引揚後、政府が法律上正規の手続をとつて定めるところにより、国庫金をもつて支払う旨を約したのである。それにもかかわらず、もし第一審原告が本件貸借の際その貸与する連銀券百万円について、後日における政府の決定のいかんを問わず、双方が内地に帰還したとき直ちに同額の日本円で返済する約束で借入れをする権限が青島総領事にあるものと信じていたとすれば、そのように信じたことについては、第一審原告には何ら正当の理由がないといわなければならない。

三、本件貸借と旧憲法第六十二条第三項との関係について、

元来外務大臣は官制上金銭借入れに関する事項を所管するものではなく、従つて借入れをする権限を有しないのである。それは専ら大蔵大臣の所管であつて、しかも法律および勅令で定められている場合以外には大蔵大臣も資金調達のための借入れや資金の保有および公私有の現金を保管することは許されていないのである。いわんや外務大臣が在外公館長に対し、民間からの資金借入れの権限を授与することは官制上到底許されないところである。しかのみならず、本件貸借にあたつては、旧憲法第六十二条第三項の規定する議会の協賛等いかなる正規の手続も履践されていないのである。従つてたとえ前記訓電がこれによつて外務大臣より在外公館長に借入れの権限を与えた趣旨であるとしても、または右公館長が訓電の趣旨を誤解して、借入れの権限を与えられたものと考えたとしても、在外公館等が在留邦人から現地通貨を借入れることは、旧憲法第六十二条第三項に牴触する違法行為であるから、かかる消費貸借は無効である。

四、実施法第四条別表の換算率について、

(一)  実施法第四条別表は民法第四百三条に牴触するとの第一審原告の主張に従えば、実施法による現実の返還時期における為替相場をもつて換算の標準としなければならないことになるが、強いて右時期を標準として連銀券と日本円との為替相場ないしは貨幣価値を比較し換算するとすれば、連銀券の価値は零かまたは零に等しいことになるのであつて、第一審原告にとりそれよりも有利な昭和二十一年一月ないし四月頃(借入れの最盛期)を標準として定めた実施法第四条別表の換算率によることが却つて不当であると非難するのはいわれないことである。第一審原告の主張は、実は民法第四百三条に依拠するのではなく、結局のところ、あたかも本件貸借につきいわゆる金約款があるのと同じように、第一審原告が本件連銀券を貸与した時期および貸与地において実際に連銀券が有していたと同じ購買力を現に有する日本円で弁済すべきであるというに帰するのであつて、このような特約のない本件貸借の場合には、第一審原告の主張の失当なことは明らかである。

(二)  終戦前、当時の支那における旧日本軍占領地区(外地)からの日本内地向け送金は、月額三百円を超えるものについては、その額に応じて一定の金額の調整金を外資金庫に納付することを条件とし、金五十万円を限度として許されていたのであるが、北支地区からの送金は、(イ)原則として五十倍、(ロ)退職金、引揚金の送金について事情やむを得ないときは送金手取額三万円の部分については十倍、(ハ)許可を受けたときは二十倍の調整金を納付することと定められていた。終戦によつて内地への送金は事実上不可能となつたが、法的には、昭和二十年九月二十二日連合国軍最高司令官の覚書その他の規定によつて内地送金手続および為替の支払が全面的に禁止されるに至つた。しかしその後金融機関等の再建整備が進捗し、さらに昭和二十九年二月二十二日在外財産問題調査会会長の内閣総理大臣への答申もあつて、同年五月十五日いわゆる金融三法の改正法が公布施行され、前記措置によつて支払を禁止されていた送金為替および取組まれたままの未払送金為替に対する支払の途が開かれるに至つた。而して右金融三法改正法の未払送金為替の連銀券(円)を日本円に換算するについては、次の基準によつたのである。

(a) 昭和二十年九月十日大蔵省外資局長通牒により中国から引揚者の持帰金については、日本円三十三万円相当額まで十一分の一の日本円と交換するとされていたため、未払送金為替についても同様に金三十三万円まで換算率を十一分の一とする。

(b) 右通牒で金三十三万円を超え金七十五万円に至るまでは二十一分の一の日本円と交換することになつていたため、未払送金為替金三十三万円を超え金七十五万円に至るまでの部分については二十一分の一の換算率とする。

(c) 金七十五万円を超える未払送金為替については昭和二十年八月十一日大蔵省外資局長通牒で北支地区からの送金について五十倍の調整金を納付させていたので、この倍率を適用して五十一分の一の換算率を採用した。

而して外地から内地へ送金する場合は、内地銀行の在外支店において外地通貨をもつて為替を取組み、これを内地に送付して内地において日本円と交換するのである。従つて未払送金為替はいわば現地通貨をもつて当時の実行換算率に従い確定した金額の日本円を購入した者が何らかの故障で内地へ送付することができなかつたに過ぎないものということができるから、当時故障なく内地へ送付されたものとの間に何らの差異を設けなかつたのである。然るに本件借入金は、当時外地において在外公館等が在留邦人から外地通貨を借入れ、後日内地において日本円をもつて返済することを約したものであるから、等しく内地において日本円をもつて決済されるべきものとはいえ、弁済の時期および換算率については、未払送金為替の場合と全くその趣きを異にする。すなわち、未払送金為替においては、昭和二十年九月二十二日まで存在したと考えられる為替相場あるいはその存在を前提とする所定の換算率に基づいて為替を取組み、直ちに内地に送付の上日本円と交換される建前のものであつたのに対し、本件借入金は第一審原告から借入れのなされた同年十二月二十六日当時において、為替相場はもちろん何ら拠るべき明確な相場もなく、単に支払方法や弁済期について、双方の内地帰還後政府が正規の手続をとつて定めるところに従い、国庫金をもつて支弁するという約束であつたにすぎないから、本件借入金の返済を未払送金為替の決済に準じてその換算率を論ずるのは妥当ではない。本件借入金の性質はむしろ金融三法に定める預貯金に近似するともいえるのである。

(三)  実施法第四条別表の換算率算定の基礎資料は乙第七号証の一ないし九の示すとおりである。連銀券については、北支地区における借入最盛期たる昭和二十一年一月ないし四月頃における北京の米価(平均一瓩当り連銀券二、八一六・五〇円)と同時期における東京の米価(配給米四割・闇米六割の割合で平均一瓩当り日本円二六・九八八円)との比率一〇四対一を端数のない数一〇〇対一としたものに従い、連銀券百円を日本円一円に換算したのである。この換算率の算定資料として、北京における米の価格のみを採用したのは北京以外の北支地区における諸物価が、換算率算定の資料とするには不明確にすぎたことにもよるのである。従つて第一審被告としても、実施法第四条別表の換算率が絶対に正確であるとまで主張するつもりはない。しかしそれは当時としてできる限りの努力をして集めた資料に基づいて算定し得た換算率であり、現在においてもこれ以上に正確かつ合理的な換算率を算定することはできないと思われるから、この換算率に基づいて本件借入金の返済をするのが不合理、不公正であるというのは妥当ではない。

五、本件借入金の返済手続について、

(一)  昭和二十四年十二月二十日在外公館等借入金整理準備審査会法(同年六月一日法律第百七十三号)および同法施行令の施行に伴い、外務省においては、同法第五条および同法施行令第二条の規定による在外公館等借入金を提供した者の請求に対し、同法第六条および同法施行令第三条の規定に基づいて逐次借入金確認証書を発給した。

(二)  昭和二十七年三月三十一日在外公館等借入金の返済の実施に関する法律(同年同月同日法律第四十四号)および在外公館等借入金返済実施規程(同日大蔵省令第三十四号)の施行に伴い、同法第三条の規程にいう借入金の返済を請求する権利を有する者(受取人)の住所地を管轄する財務局長または財務部長は、直ちに前記実施規程第二条の定めに基づき、前記受取人に対して同法第四条別表所定の換算率によつて算出された金額と指定取扱店たる日本銀行の本店、支店または代理店の名を記載した在外公館等借入金返済通知書を交付するとともに、指定取扱店に対しては、前記実施規程に基づいた在外公館等借入金返済明細書を送付する手続をとつたのである。右通知書交付および明細書送付の手続は同年六月中旬頃までに終了した。

(三)  第一審原告に対しては、近畿財務局長は前記実施規程が施行されると直ちに第一審原告を含む管内二千四百七十一名の受取人に対して前記在外公館等借入金の実施に関する法律第四条別表の換算率による借入金額の算出、返済通知書および返済明細書の作成手続に着手し、昭和二十七年六月七日第一審原告に対する借入金の返済金一万三千円の返済明細書を日本銀行富田林代理店に、また同月九日その返済通知書を第一審原告に、それぞれ発送したのである。第一審被告としては、在外公館等借入金の返済に関する前記法令が施行されたので、できるだけ速かにその返済手続を進めたが、何分にも全国で十数万件、近畿財務局長の管轄する大阪府だけでも二千四百余件にも達する多数のため、返済手続を進めるために二ケ月余を要したのはまことにやむを得ないところであつて、第一審被告としては第一審原告に対する本件借入金返済に関する措置については何らの遅滞がない。然るに第一審原告はその頃前記返済通知書を受領しながら、前記富田林代理店において本件返済金の受領手続をしなかつたので、近畿財務局長は念のため昭和二十九年七月頃第一審原告に対し右返済金の受領方を催告したが、第一審原告は右催告にも応じなかつた。そこで同局長は同年十月二十九日大阪法務局富田林出張所に対し、前記返済金一万三千円を弁済のため供託した。従つて本件借入金債務はこれにより消滅に帰したから、第一審原告の本訴請求は失当である。

第三、新たな証拠<省略>

理由

按ずるに、第一審原告主張の事実中、第一審原告が昭和二十年十二月二十六日当時の中華民国青島において青島総領事喜多長雄に対して中国連合準備銀行券(以下単に連銀券と略称する。)百万円を、支払は第一審被告国が日本内地で行うという約束のもとに、無利息で貸与したことは、当事者間に争がない。

而して原本の存在ならびに成立に争のない甲第三号証の二、乙第四号証、同第十五、十六号証の各二、成立に争のない甲第二号証、乙第二号証、同第十三号証の二、三、原審証人伊藤愿の証言により原本の存在ならびに成立が認められる乙第一号証、原審証人安藤直明の証言によりその成立が認められる同第三号証の二、当裁判所が真正に成立したものと認める同第十四号証の二の各記載に原審証人伊藤愿、同安藤直明、当審証人梅北末初、同中沢周蔵(但し、後記措信しない部分を除く)の各証言ならびに原審における第一審原告の本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)を綜合して考察すれば次の事実が認められる。即ち、

太平洋戦争の終了とともに支那大陸を含む旧日本軍の占領地域に在留していた日本人はすべて日本内地に引揚げざるを得ない事態に立ち到つたのであるが、外務省としては、国際法上はとも角、これら在留邦人の引揚、救済に関する費用は結局日本政府が負担して国庫から支弁せざるを得ないものと考えた。しかし当時外地の情報が殆んど入手できず、従つて在留邦人の引揚げに関する具体的状況はもちろん、その費用がどれ程の額に達するかも判明しなかつたので、昭和二十年九月四日から同月六日までの間開かれた第八十八回臨時帝国議会において、右引揚費用等の支出に関する予算上の措置をとることができなかつた。しかも当時日本内地から在外公館に対して、在留邦人引揚げ等に関する費用はもちろん公館の経費すら送金することができなかつたばかりでなく、在外公館の今後とるべき処置について一々訓令を発することさえもあやぶまれる状態であつたので、外務省としては、至急現地の在外公館に対して訓電を発し、在外公館をして在留邦人の引揚援護について適宜の措置をとり、遺憾なきを期せしめる必要があつた。そこで外務省は予算上正規の手続をとつてないけれども、在外公館が現地の事情に即応してその手持資金を流用するなり、在留邦人から資金を借入れるなり、あらゆる便宜の方法を講じて在留邦人の引揚援護費用を支弁するよう処置させることとし、とりあえず大蔵省主計局の事務的了解を得た上、同月七日各在外公館に宛てて「在留民処置ニ付テハ此ノ上トモ各館ニ於テ万全ノ策ヲ議セラレ遺漏ナキヲ期セラレ度処之ニ要スル経費相当多額ニ上ルモノト察セラレ之ガ一部ハ勿論出来得ル限リ各現地ノ事情ニ応ジ民団、民会、日本人会等ヲシテ引受ケシムベキモノト思料スルモ結局大部分ハ国庫ニ於テ負担スル外ナキニ至ルベシ然処之ニ対スル予算ノ計上困難ナルノミナラズ送金亦不能ノ情況ナルヲ以テ差シ当リ各現地ニ於テ便宜凡有ル方法ニ依リ支弁シ置カレ度ク後日之ヲ整理スルコトト致スベキニ付其ノ使途、金額、明細出来得ル限リノ証憑書類等ヲ整備シ保存シ置レ度シ」との外務大臣訓電(乙第四号証)を発した。青島総領事館ではその頃直ちに右訓電を受領したので、北支地区在留邦人の引揚援護処置は在留邦人援護委員会の名で行うが、これに必要な費用は前記訓電の趣旨に基づいて同総領事館が負担することとし、それについては一応手持資金を流用し、不足分はこれを在留邦人有志から借入れて賄うという方針を定め、その頃喜多総領事において総務課長兼総領事代理伊関祐次郎(同人の肩書職務については当事者間に争がない。)とともに在留邦人の有力者に面接し、前記訓電を示して事情を説明した上、青島総領事として在留邦人から前記引揚援護費用にあてる資金を借受けたいが、これらの借入金は後日日本政府が訓電の趣旨に従い適当に処理して日本円で返済することになつているから、この借入れに協力されたい旨を要請したところ、これらの在留邦人は青島在留邦人に対して右要請の趣旨を伝達して、各自の手持資金を総領事館に提供することを勧誘し、また喜多総領事は朝鮮銀行青島支店に対して右資金の受入事務を委任し、このようにして同総領事は昭和二十一年四月頃までの間において第一審原告を含む多数の在留邦人から連銀券を借入れ、その総額は約四億円に達した。第一審原告は昭和二十年十二月二十六日前記朝鮮銀行青島支店に対し、「在留邦人援護会資金貸上申込書」(乙第二号証)とともに連銀券百万円を払込み、同総領事に対して前記訓電の趣旨に基づく所要資金として右金員を貸与したが、右貸付にあたり、第一審原告が主張するように日本内地に帰還したとき直ちに第一審被告国から日本円で対当換算率により返済を受ける趣旨の特約をしたようなことは全くなかつた。事実第一審原告が右貸付をした当時においては、青島はもちろん北支地区における物価はますます謄貴し、現地通貨と化した連銀券の価値は下落する一方であり、日本円に対する関係においても連銀券の価値は著しく低下していたのであつて、このことは在留邦人の誰れしも承知していたところであつた。

以上の事実が認められる。原審証人福岡陽道、同木下武之助、同安藤栄次郎、原審並びに当審証人中村猪之助、当審証人中沢周蔵の各証言および原審における第一審原告本人の供述中前記認定にそわない部分は前掲各証拠と対照してにわかに採用し難く、他に前段認定を覆すに足りる証拠はない。

第一審原告は、青島総領事が、太平洋戦争中山東省維県に収容軟禁されていた元山東地区在留の米、英、蘭等の連合国人の解放ならびにその旧居住家屋の復旧返還に要する費用にあてるため、これを当面の目的として第一審原告から前記金員を借り受けたのであつて、右金員が実際にも右目的のためのみに使用された旨主張する。そして事実旧日本軍が太平洋戦争中山東地区在留の米、英、蘭等の連合国人約二千七百人を同省維県に収容軟禁していたこと、これら連合国人の居住していた家屋ならびに家具、什器類が旧日本軍の管理下において日本軍人および軍属等の使用に供せられていたこと、終戦後青島総領事が連合国軍から、前記連合国人を解放して元居住していた家屋等を日本軍の管理下に入つた当時の状態に復元して旧居住者に返還すべき旨の要求を受けたこと並びに青島総領事が直ちに外務省に対し、電報をもつて抑留外人の解放復帰に必要な費用の送金方を請要したことはいずれも当事者間に争がなく、かつ、原審証人福岡陽道、同木下武之助、同安藤栄次郎、原審並びに当審証人中村猪之助の各証言および原審における第一審原告本人の供述中には、前記抑留外人の解放復帰に要する費用にあてるため第一審原告を含む在留邦人が前記金員を青島総領事に貸与し、かつ右金員が右目的に使用されたとの部分があるけれども、これらは前掲各証拠と対照して採用し難く、また前記訓電以外に、当時青島総領事の前記要請に対して外務省から抑留外人の解放復帰に要する費用の支出方について特段の訓電があつたものと認むべき証拠は何もない。却つて冒頭摘示の各証拠によれば、青島総領事館では昭和二十年九月中、手持資金を流用して前記抑留外人の解放復帰のため旧居住家屋の復旧その他宿舎の整備等を行い、大部分の作業を終えたが、同月末頃には在外公館としての機能を停止するとともに右作業を打切つてしまつたこと、同年十一月になると在留邦人の引揚帰還がはじまり、山東地区の在留邦人が相ついで青島に集結して内地引揚を待つに至り、さらにこれらの人々のうちには全く着のみ着のままの者が相当あつたため、乗船するまでの間その生活を援助する必要があり、かてて加えて物価謄貴のため連銀券の価値が下落したこともあつて、在留邦人の引揚費用にいよいよ不足を生ずるに至つたので、青島総領事館では先きに乗船帰還する者から持ち帰りの許されていない手持連銀券(持ち帰りは一人金一千円に制限されていた。)を借受けて、あとに残る者の生活費にあてたりしたほどであつて、第一審原告が本件貸与をなした同年十二月下旬当時においては、在留邦人から借入れた金員はすべて在留邦人(在外公館員を含む。)の引揚援護費用にあてられ、前記抑留外人の解放復帰のために費用を支出する必要が全くなかつた事実が認められる。従つてこの点に関する第一審原告の主張は失当である。

以上説示したところによれば、青島総領事は終戦後の非常事態における在留邦人引揚援護の要請に対処するため、外務大臣の前記訓電の趣旨に基づき、在留邦人から右引揚援護費用にあてる目的のもとにその資金を借入れたのであり、第一審原告は一般在留邦人と同様、利息の定めなく、日本内地に帰還した後日本円で支払を受ける約束で、他に換算率等に関する特約をせずに、青島総領事に対して本件連銀券百万円を貸与したものというべきである。

第一審原告は、「前記訓電の趣旨は終戦後内外の交通通信が杜絶したため、在留邦人の引揚援護等の経費を見積ることができず、従つて右引揚援護費支出のための予算を計上することが困難であるから、差当り予算措置をとつてはいないけれども、結局においては政府が適法な手続をとつて支出するから、その使途、金額、明細についてできる限りの証拠書類等を整備し、これを保存して置かれたしとして後日その借入金の完済に備えしめたものであり、はじめから返済せずにこれを打ち切る覚悟で外務省が訓電を発し、総領事がその意向を体して打ち切りの覚悟で本件の如き借入れをしたものではない。従つて外務大臣の前記訓電はまさに在外公館長に対する借入権限の授権の表示であり、第一審原告はその授権の表示に基づいて本件金員を貸与したものである。元来旧憲法第六十二条第三項の規定は単に議会と政府の対内的関係を規律するにすぎないものであつて、私法上の取引の相手方との関係にまで立ち入つてその効力を規制するものではなく、従つて議会の協賛を経なかつたということは単に政府の政治責任を生ずるに止まり、その私法上の効力には何らの影響がない。」旨主張するのに対し、第一審被告は、「当時未曾有の非常事態のもとにおいて、この種の引揚経費については、政府も法律上正規の手続をとりえない実情を示すとともに、結局この種の経費の大部分については将来国庫の負担とするほかはないであろうという予想のもとに後日正規の手続を経て適当な措置をする(整理をする)との決意を示したものである。従つて本件貸借にあたつては、青島総領事は、前記訓電の趣旨を第一審原告に伝え、右訓電の趣旨に従つて弁済期や弁済額について何ら確定的な約束をせず、内地に引揚後、政府が法律上正規の手続をとつて定めるところにより、国庫金をもつて支払う旨を約したものである。元来外務大臣は官制上金銭借入れに関する事項を所管するものではなく、従つてかかる金銭借入れの権限は全くないのである。それは専ら大蔵大臣の所管であつて、しかもその借入れに当つては、旧憲法第六十二条第三項の規定する議会の協賛等旧憲法上正規の手続を経ることを要するにかかわらず、本件借入れについてはかかる手続さえ全くとられていないのである。従つてたとえ前記訓電がこれによつて外務大臣より在外公館長に対して借入れの権限を与えた趣旨であり、在外公館長も右訓電によつて借入権限を与えられたものとしても、在外公館長が在留邦人から借入れをすることは、前記旧憲法の条項に牴触する違法行為であるから、かかる消費貸借は無効である。」旨主張するので、以下これについて審究する。

太平洋戦争の敗戦に伴う在外公館員を含む外地在留邦人の総引揚げという全く予想されなかつた非常事態に直面し、政府はその引揚援護費用の急速な捻出の必要に迫られたが、もちろん昭和二十年度当初予算にはその費用の計上がなく終戦直後昭和二十年九月四日から同月六日に亘つて開会された第八十八回臨時議会においても、在留邦人引揚げに関する費用支弁のための追加予算を提出して協賛を経ることができなかつたことは既に説示したとおりであり、また緊急財政処分として旧憲法第七十条による勅令を発して処置した事跡もなかつた。しかして旧憲法第六十二条第三項によれば、「国債ヲ起シ及予算ニ定メタルモノヲ除ク外国庫ノ負担トナルベキ契約ヲ為ス」については議会の協賛を必要とすべく、即ち政府が行政費支弁の必要上国庫金の不足を補うために金銭を借入れることによつて債務(国債)を負担し、またはその会計年度を超えて国庫の負担となるべき私法上の契約をするに当つては、必ずやこれに関する議案を提出して議会の協賛を経べきものであるけれども、右旧憲法の規定は議会に対する政府の義務を規定したものに過ぎないから、政府が議会の協賛なくしてこれらの行為をしたときは議会に対して憲法違反の故に重大な政治責任を免かれないことはもちろんであるが、右議会の協賛はあらかじめ政府の財政上の行為に承認を与え、その責任を解除する意義を有するのみであつて、当該契約の成立要件ではないから、右契約はこれがためにその私法上の効力を妨げられるものではないと解される。しかしその契約が有効に成立するためには、それが所管の官庁により正当な職務権限に基づいてなされることを必要とし、官制上その権限のない機関によつてなされた場合には、これを無効とするほかはないことはいうをまたないところである。然るところ、当時施行の大蔵省官制(昭和十七年十一月十一日勅令第七百四十三号大蔵省官制改正ノ件)第一条によれば、大蔵大臣は政府の財務を総轄し、会計、出納、租税、国債等に関する事務を管理すると定められており、国債即ち国の借入金債務負担に関する事項はすべて大蔵大臣の所管とされ、外務大臣の権限外に属することが明らかである。従つて外地在留邦人の引揚援護費用に充てるべき資金の借入れ調達に関し、官制上その権限を有しない外務大臣が下部機関たる在外公館長に対してこれを命ずる趣旨の訓電を発し、この訓電がまさに外務大臣から在外公館長に対する借入権限の授与を表示したものとして受け取られたとしても、これによつては在外公館長は適法にその権限を授与されたものということはできない。本件において青島総領事は外務大臣の右訓電に基づく所要資金調達のため第一審原告を含む在留邦人から現地において流通していた連銀券を借入れたのであるが、外務大臣に起債の権限がなく、かつ、この場合適法に大蔵大臣から委任を受けたものと認むべき証拠がない以上、青島総領事の本件借入れ行為は結局正当の権限に基づかないものとして一応無効であるといわなければならない。

そこで第一審原告の主張する表見代理の点につき按ずるに、近代的行政組織のもとにおいては、国の行政事務はそれぞれの機関に配分され、各機関は法令によつて与えられた一定の職務権限の範囲内でのみ国を代表するものであり、正当権限のない機関によつてなされた行為は国の行為としてはこれを無効とすべきであるけれども、国が行政機関を通じて一般私法上の取引の主体として現われ、相手方と対等の立場に立つて契約関係を結ぶ場合には、取引の安全保護のため民法表見代理に関する規定を適用しうるものと解するのが相当である。而して本件においては外地在留邦人の引揚援護費用にあてるための資金の借入れ調達事務について外務大臣に一任する旨の閣議決定または少くとも大蔵大臣のその旨の諒解があつなことについてはこれを認むべき何らの証拠がなく、外務大臣としては外地在留邦人の総引揚を要する非常事態に直面し、その引揚援護費用を適宜調達して在留邦人を無事に引揚げさせるため、単に大蔵省事務当局の諒解を取り付けただけで在外公館長に対し前記訓電を発したものであり、青島総領事も右訓電の趣旨に従つて第一審原告を含む在留邦人から連銀券を借入れたに過ぎないことは既述のとおりであり、青島総領事が在外公館長として総領事館の維持運営の必要上法令並びに既定予算の範囲内において物資購入その他一定の私法行為についても国を代表する権限を有することは明らかであるところ、他方第一審原告ら外地在留邦人としては、未曾有の混乱期に遭遇し、日本内地との連絡が杜絶して内地の事情は皆目判らず、青島総領事より前記電文を示して借入れを要請された以上、右訓電の文言のとおり、在留邦人の引揚援護費用は結局国庫の負担となるべきであるが、当面予算上の手続がとられておらず、送金も不可能な状況である故、在外公館長をして現地で適宜調達してこれを支弁せしめることが日本政府全体の統一した既定の方針であり、これが実施については政府内部において然るべき手続によつて外務大臣に委任され、外務大臣が政府の施策として出先機関たる在外公館長に訓令したものであり、従つて青島総領事はこれにより適法に資金借入れの権限を与えられたものであると信じて疑わなかつたからこそ前記要請に応じて手持ちの連銀券を青島総領事に貸与したものとみるべきことは、原審における第一審原告本人の供述並びに前段認定の事実関係に照らし、たやすく首肯しうるところである。そして右非常事態のもとで内地の事情を全く知らず、かつ、必ずしも国の財務行政に関する法的知識の充分でない第一審原告ら一般在留邦人としては、青島総領事の借入れ権限につき、そのように信ずるのは常識的に見てむしろ当然というべきであるから、第一審原告らはかく信ずるにつき正当の理由がある。従つて民法第百十条の規定により第一審被告国は青島総領事が国を代表して第一審原告との間になした本件貸借につきその責に任じ、第一審原告に対し、約旨に従つて借入金の返済をなすべき義務を負うものといわなければならない。この点に関する第一審原告の主張は理由がある。

第一審原告は、本件貸金については、連銀券と同額の日本円で支払を受けるという黙示の約束があつな旨主張し、連銀券の発行当時における日本円との公定交換率が一対一であつなことは当事者間に争がないけれども、冒頭掲記の各証拠によれば、連銀券と日本円との公定交換率なるものは、華北政権樹立の際日本政府が認めた事実上の取扱にすぎないのであつて、何ら法律的根拠を有するものではないこと、従つて終戦後同政権が崩壊してからは、単なる現地通貨となつてしまつた連銀券がなお終戦前の貨幣価値を維持し、日本円と一対一で交換されうるものと考えていた在留邦人は殆んどなく、殊に青島を含む北支地区と日本内地との間において送金ができなくなつた後においては、前記公定交換率によつて連銀券を日本円に交換することは実際に行われていなかつたので、青島総領事に対して連銀券を貸与した一般在留邦人も前記公定交換率により日本円で返済を受けることができると考えていた者は殆んどなかつたことが認められ、原審証人福岡陽道、同木下武之助、同安藤栄太郎、当審証人中村猪之助の各証言並びに原審における第一審原告本人の供述中右認定にそわない部分は採用し難く、他に特段の反証がない。

以上の諸点と既に説示したとおり第一審原告が本件貸付をした昭和二十年十二月頃においては、連銀券の貨幣価値が著しく下落し、日本円との関係においてもその価値が甚だしく低下していたことは、在留邦人の誰もが承知していたことから考えても、本件貸借について、連銀券と日本円とが嘗て一対一で交換されたことがあつたのと同様に、貸与された連銀券百万円と対等の日本円百万円を返還する趣旨の黙示の約定があつたものとみるのは著しく実情に反し、妥当を欠くものというべきである。却つて在留邦人が手持連銀券を青島総領事に貸与するに至つた経緯として上来認定した諸事情並びに原審証人伊藤愿の証言に照らせば、第一審原告としては、日本円との換算率に重点を置かず、いずれ日本政府が合理的な基準によつて定める相当額の日本円で支払を受けうることを期待し、その返済手続や交換率についてはすべて政府を信頼してその適法に定めるところに一任する意思をもつて、その旨黙示の合意のもとに本件連銀券を貸与したものと解するのが、むしろ当該事態における当事者の真意に適合する所以であると考える。

然るところ、冒頭掲記の各証拠によれば、日本政府は太平洋戦争の終結に際し、在外公館または邦人自治団体もしくはこれに準ずる団体が在留邦人の引揚費、救済費その他これに準ずる経費にあてるため、国が後日返済する条件のもとに在留邦人から借入れた資金を国庫から返済するのを相当としてその立法化を企て、そのためにいろいろと努力をしたが、漸く連合国軍総司令部の諒解を得たので、とりあえず在外公館等借入金整理準備審査会法を立案し、国会の議決を経て昭和二十四年六月一日法律第百七十三号として公布し同年十二月二十日施行し、さらに昭和二十六年三月三十日在外公館等借入金の返済の準備に関する法律を法律第五十四号として公布施行し、また在外公館等借入金の返済の実施に関する法律(以下単に実施法という。)を昭和二十七年三月三十一日法律第四十四号として公布し、関係法令とともに同日施行したことが認められるのであるが、本件訓電に基づき青島総領事が第一審原告から借入れた本件借入金はまさに前記在外公館等借入金三法にいう「借入金」に該当するものというべきであるから、第一審被告国はこれらの法律および附属法令の定めるところに従つてその「借入金」を返済する義務があり、それがまた借入れ当時における当事者の意思に従うものというべきである。即ち、本件借入金債務は前記在外公館等借入金三法の制定実施によつてはじめて生ずるものではなく、在外公館等借入金整理準備審査会法所定の確認証書の発給が在外公館の借受けた債務についての確認的意義を有するに過ぎないことは前段説示に徴し当然のところである。そして成立に争のない甲第一号証によれば、外務大臣は第一審原告の確認請求により、昭和二十六年三月十日本件借入金につき前記在外公館等借入金整理準備審査会法第一条にいう「借入金」として承認し、同法第六条による借入金確認証書を発給したことが明らかである。従つて第一審被告は第一審原告に対し実施法第四条に従い、同条別表の在外公館等借入金換算率表により連銀券による本件借入金百万円を本邦通貨の金額に換算した金一万円の百分の百三十に相当する金一万三千円を附属法令の定めるところにより支払う義務があり、かつ、これをもつて足りるものといわなければならない。

第一審原告は、実施法第四条別表の換算率を違法、不当として種々主張するので、以下これについて検討する。

(一)  本件借入金は外国の通貨をもつて債権額を指定したものではなく、現地通貨となつた連銀券百万円を借入れ、日本内地において日本円で支払うことを約したものであることは、既に説示したとおりであるから、民法第四百三条の適用のある場合に該当しない。

また連銀券と日本円との貨幣価値を比較するについて、為替相場がない以上、これに代るものとして現地と日本内地との物価を比較してきめることはまことに相当であるが、その比較の基準時期として第一審原告主張のように実施法の施行された昭和二十七年三月三十一日当時における東京の物価と昭和二十一年二、三月当時における現地のそれと比較することは、とりもなおさず本件借入金につき金約款の定めがあるのと同様の効果を主張するに帰するのであつて、かかる約款のない本件借入金については、その換算率を定めるについては、その借入れのなされた当時における現地と日本内地との物価を比較して定めるのが相当である。それゆえこの点に関する第一審原告の主張は採用し難い。

(二)  第一審原告は昭和二十九年五月十五日公布施行のいわゆる金融三法における未払送金為替および預貯金の支払の場合の換算率と比較すれば、本件借入金に対する実施法第四条別表の換算率が不当であることが明らかである旨主張するが、前記乙第十三号証の二、三の記載と当審証人梅北末初の証言により認められるように、終戦当時北支地区から日本内地に送金する場合においては、相当額の調整金を納付することが必要であり、その調整金を納付して取組んだ送金為替が何らかの障碍によつて日本内地に到達しなかつたため未払となり、そのまま凍結されて来たのが前記金融三法にいう未払送金為替であるのに対し、本件借入金は昭和二十年十二月下旬の貸借にかかるものであつて、前記送金為替におけるような調整金の納付などは行われておらず、かつ、当時連銀券は既に相当その価値が下落していたのであるから、これと前記未払送金為替の支払の場合の換算率を比較して同列に論ずるのは妥当ではない。むしろ前記金融三法改正法における預貯金の換算率に照らせば、実施法第四条別表の換算率は相当であるとも言い得るのである。それゆえ右に反する第一審原告の主張は採用し難い。

(三)  第一審原告は、実施法第四条別表の換算率を定めるについて闇米価を基準として採用していることおよび北京駐在の日本大使館員梅北末初の提供にかかる資料によつているのが不当、不公正である旨主張する。もとより北支地区といつても北京と青島とでは距離的にみて相当の隔りがあり、終戦後両地区における連銀券の購売力に全く差異がないとはいえないけれども、前記乙第十三号証の二、三の記載と前記証人梅北末初の証言によれば、借入最盛期にあたる昭和二十一年一月ないし四月頃においては、青島はむろんのこと北京においても物価算定の基準となる物価指数に関する調査ができておらず、他に特段の物価算定基準となる統計資料がなかつたので、やむを得ず北京の日本大使館員の担当職員(物価班)が職務上調査した米価に関する資料によつて当時における北支地区における連銀券の価値を算定し、これと当時東京における米価によつて日本円の価値を算定し、もつて連銀券と日本円との換算率を定めたものであること、この場合米価を基準としたのは在留邦人の手持の連銀券に関するからであつて、内外地の別はあつても生活必需物資のうち等しく日本人の主食とする米の値段を比較し、それも北支地区においては米価の統制がないため一般市価により、東京においては配給六割、闇四割と見て算出した米価を採つて比較検討の資料とするよりほか、実際に適当な方法がなかつたものであることが認められるから、これらの資料に基づいて前記換算率を定めたことはやむを得ないところであり、これをもつて不当、不公正であるというのは当を得ない。たとえ当時前記日本大使館員が本件の如き在留邦人からの借入金により生活していた者であるとしても、その者の集めた資料であるが故に、これを債務者自身の私的資料であるとなし、その資料に基づいて定められた実施法第四条別表の換算率を債務者自身が恣意的に定めたものであるかのように非難するのは妥当でない。

(四)  以上説明したとおり、実施法第四条別表所定の連銀券と日本円との換算率については政府が当時として最善の努力をして集めた資料に基づいてこれを定めたものといえるのである。あるいは同じく米価を指標にとり、当時の北支地区における米価と日本内地における闇米の価額を比較して連銀券の購買力によつて測定される貨幣価値が日本円のそれと六十七対一の比率であつたとするのも一つの見方ではあるが、日本内地においては現に米の配給制度が行われていた以上、それは必ずしも正当であるとはいえず、またそのような比率を認めなければならない確実な根拠はないし、他に実施法第四条別表の連銀券の換算率に関する定めが著しく不合理であると認むべき資料は何もない。従つて実施法第四条別表のように換算率を定めたからといつて、それが国民の財産権を保障する憲法第二十九条の規定に違反するものとはいえない。

以上のとおりであるから、換算率に関する第一審原告の主張はすべて理由がない。

而して昭和二十七年三月三十一日実施法および在外公館等借入金返済実施規程が施行されたので、借入金の返済を請求する権利を有する者(受取人)の住所地を管轄する財務局長または財務部長が直ちに右受取人に対して実施法第四条別表の換算率によつて算出した金額と取扱店として指定された日本銀行の本店、支店または代理店の名を記載した在外公館等借入金返済通知書を交付するとともに、指定取扱店に対しては在外公館等借入金返済明細書を送付する手続をとり、右通知書および明細書送付の手続を同年六月中に終了したこと、第一審原告についていえば、近畿財務局長が直ちに第一審原告を含む管内二千四百七十一名の受取人に対して実施法第四条別表の換算率による借入金額の算出、返済通知書および返済明細書の作成に着手し、同年六月七日第一審原告に対する借入金の返済金一万三千円の返済明細書を日本銀行富田林代理店に、また同月九日同返済通知書を第一審原告に、それぞれ発送したこと(その通知書到達については第一審原告は明らかに争わない。また右経過からすれば、事務手続は相当期間内に処理せられ、特に遅滞があつたものとは認められない。)、然るに第一審原告は前記実施規程の定めるところに従い、所定の富田林代理店において本件返済金の支払を受け得られるにも拘らず、あえてこれを受領しなかつたこと、そこで近畿財務局長が念のため、昭和二十九年七月頃第一審原告に対して右返済金の受領方を催告したが、第一審原告がこれにも応じなかつたので、同局長が同年十月二十九日大阪法務局富田林出張所に対し、右返済金一万三千円を弁済供託したことはいずれも当事者間に争がない。従つて第一審原告の本件「借入金」の返済請求権は第一審被告国のなした前記弁済供託によつて消滅に帰したものというべきである。

然らば第一審原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべく、従つて原判決中第一審原告の請求の一部を認容した部分はこれを取消すべきものとする。従つて第一審原告の本件控訴は理由がなく、却つて第一審被告の控訴は理由がある。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥野利一 野本泰 真船孝允)

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